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Handpan Maker / Tuner 園部 良

端緒

10代の終わり頃、ふとした出会いがきっかけで、当時はとても珍しかったスティールパン(以下パン)の輸入レコードを聴く機会がありました。

その音の束の漲る迫力と心に響くプレイヤー達の生命力、そして曲のセンスの良さに背筋が妙にゾクゾクし、最後まで聴いていられないほどドキドキしました。

パン演奏には全く興味が湧きませんでしたが、その独特な楽器形状と摩訶不思議な音の魅力に心を奪われ、パン製作に対しては、かなりワクワク感を抱いたことを覚えています。

〜パンオーケストラのライブ収録レコードだったんだけど、これが凄かったんだな

渡航

時は80年代後半、バブル経済全盛期。

その当時の私は、世間的には大学に籍を置く学生でしたが、世の中全体のみならず家庭までにも蔓延していた、空々しくて軽々しい一種の毒気から我が身を守るため、独り部屋に閉じこもっては、現代文学やらカルト映画やら、あらゆるジャンルの音楽などに耽ってつまらない日常をうっちゃっていました。

 

陰々鬱々としながらも、常に性根が尖っていましたので、やがて周囲から友達もいなくなり、次第に寂しく孤立してゆきました。何かやりたくても何も見つからず、、、そんな屍の様な毎日を過ごす中、"この閉塞状況を一瞬でも変えたい"との切実な思いが募りに募り、現地情報などは皆無でしたが、かねてから憧れていたパン発祥の地、カリブ海は西インド諸島最南端の小島、トリニダード&トバゴ共和国へ思い切って訪れてみることにしました。('90年、'92年と渡航)

 

様々なトラブルに巻き込まれる毎日でしたが、遥々ここまで来たのだから” パン製作を習わなければもったいないな”と思い立ち、パンチューナー(パン製作人)の工房をいろいろ探し当てては弟子入りをお願いして歩きました。

何度も断られはしましたが、とある工房の見習い人にしてもらうことになり、一連の手ほどきを受けることが出来ました。

〜帰国日前日、街中で突如起こった銃撃戦(クーデター)騒ぎに巻き込まれるも、近くのバルバドス島に脱出し、辛くも帰国する

 

帰国後、日本製のドラム缶を使用して何度もパン製作を何度も試みたのですが、どうしても思い描く様な音が出て来ませんでした。大学は既に中退し、世の中も閉塞状況が増す中、人生に対する行き詰まりを痛感し始めました。

次第に気力も失せてしまい、今後の将来の展望が見出せないまま、いわば引きこもりの状態となってゆきました。そんな状態で数ヶ月間思い悩みましたが、突如、この窮地を救う一つのアイディアが浮かびました。

それは、作ることが出来ないならば、現地に築いてきた人脈を頼ってパンの輸入販売業を起業してみてはどうだろうか、という事でした。

('93年〜 スティールドラム専門店 "PAN RISING")

思い立ったら直ぐ行動。自宅の6畳間を店舗と見立てて、ささやかな個人事業をスタートさせました。

大きな不安と僅かな期待の入り交ざった向こう見ずな船出ではありましたが、珍しい楽器の輸入専門店ということで、新聞、雑誌、ラジオ、テレビなどのメディアが多々紹介してくれたことで反響を呼び、少しずつ販路を伸ばすことが出来ました。

転機

'95年春に、とある高校の吹奏楽部から大口の注文を受けたのですが、納品した楽器のほとんどが不良品という事態に。。新品は修理してはいけません、という教育委員会からの厳しい通達があったので、仕方なく交換品を現地に再注文するのですが、届く商品は、これまたひどい不良品というありさま。。。

そのまま一年が過ぎ、予算も全て使い切ってにっちもさっちも行かなくなった頃、この不良品を直せる人物を呼んではどうか、という提案が学校側からありました。遅いよ

かなり思い悩みましたが、友人のつてを頼って、当時、米国に居住していたパンチューナー Denzil"Dimes"Fernandezを日本に招聘することになりました。

ほどなく来日した彼は、すべての不良品を完璧にリチューンしてくれて、この問題は無事解決することが出来ました。

その見事な仕事ぶりに感動した私は、迷わず彼に師事することを決め、パンの作り方を理論と共に本格的に学ぶこととなりました。

その後、独り修行に勤しんだ後、'99年からは、自作のパン製作販売業務を開始しました。

 

〜'99年 '05年、香港の私立小学校や'02台湾の芸術大学からの招聘を受け、パンのチューニングに赴く傍ら、猛暑の中、現地のドラム缶を使ってパンを製作する〜 (画像1 画像2

 

〜'00年、突如、茅ヶ崎の私立中学校の非常勤講師となり、足掛け14年間パン製作の授業(総合授業)を担当する〜 

 

2008年、製作アトリエを千葉県佐倉市〜神奈川県藤沢市〜相模原市〜

現在の東京都大田区東糀谷(工業専域)に移して、ひたすらスティールパンの​製作販売と修理業を続ける。

 

〜2011年 大田の工匠100人に選出される〜 関連本 どっこい大田の工匠たち

2度目の転機

2012年夏、広島大学総合科学部からの依頼で植物から生まれた音階を実現する楽器の開発グループに加わることになりました。

(以降、コアメンバーとして2019年現在も陰ながら携わっています。メンバーには灰野敬二さんも)

要約すると、自然界に存在する音には、整数倍音ではなくて非整数倍音を発している事物が多いということ。例えば、西瓜(スイカ)からは、ガムランによく似た倍音が出ている等々。。。

そして、非整数倍音から成る音階は、平均律で整えられる音階とは全く別の、独自の音階を形成する。

それ以降、スティールパン製作業を続ける傍ら、大学機関から研究費を頂きながら、特定周波数の実験研究や非整数倍音の未知なる世界にどっぷりと浸かることになりました。

この新鮮な経験が大きな第2の転機となり、2014年を区切りにして、これまでのスティールパン製作業は完全廃業し、自作ハンドパンの製作販売業務に移行することになりました。

1st Gen.(直径47cm) から始まり、2017年から、4th Gen.のハンドパンを製作。

2019年からは、Hydro Formed Shellを採用し、Sonobe 5Gバージョンを製作している。

製作に際しては、心温まる優しい音色と美しく響き渡る5度倍音、そして妖しげに鳴り続ける残響音を重視しながら、心を込めて一つ一つ手作りしています。

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